2009年3月22日日曜日

本日目出度く私も齢40の歳となりました。










年に1度に巡ってくる自分が生まれた日。それが誕生日です。

1969年03月22日に半田市花園町にて産まれました。

半田市市民病院にて運良くも
父、甲斐 大生と 母、甲斐 栄子の2人の愛の結晶として
大切にまるで宝物のように産んで貰いました。

生きていく間に途中少しは我が侭にそしてグレそうになった時期もありましたが、
何とか普通にそして健康的にこの齢40歳の月日を無事に生きてこれました。

「誕生記念日」を意味するこの自分にとって目出度き日付が3月22日です。

人が生まれた年月日については、
当たり前の事ですが生年月日(せいねんがっぴ)と呼ばれるそうです。
私は一般市民ですから広報や地域新聞などで
この誕生日を報道されたりすることはありません。
でも現代ではブログという電子個人情報媒体が
特定多数の仲間内にて存在していますからある意味面白いですね、

誰にでも自動的に訪れる年に1度の日付だけの記念日だろ?
だから、それがどうしたの〜? と人はそう醒めたコメントをよく口にします。

誕生日を大切にする習慣というのが最近は少し薄れてきたようにさえ思えます。
そんな中、当社の代表取締役社長の石橋から記念の誕生日プレゼントを頂きました。
何故か社長の名前が刻まれたハンマースタイルの洒落た金属製ウィスキーボトルでした。
酒を飲んでもこれくらいの量にしておけよ〜というさり気ない心遣いなのでしょうか?
いつまでも体の細胞は若くないんだから無理をするんじゃね〜ぞ!
という言葉では伝わらない温かいメッセージを間接的に感じ取りました。

そして私の母親からも個人携帯に祝分メールが本日届きました。「孝志 おめでとう〜と!」
タイトル送信欄に全部のメッセージが綴られて肝心の本文欄が全くの空白状態で届きました。
使い慣れていない文明の利器を充分に使いこなせない不器用な母親からですが、
そこがまた逆に妙に嬉しいではありませんか?短い文章の中に込められた遠い母の想い。

社長、そして母上、本当に有難う御座います。

人と人の気持ちの中で素晴らしき私の記念日として存在する何でもない1日。 
マイ誕生日に心温かき人の繋がりを感じる幸せな40歳を満喫させて頂きました。

甲斐 孝志 今日から40歳。

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